2020-11-14

美術手帖「絵画の見かた」を読んで


美術手帖「絵画の見かた」を読んで(40歳まで抽象画が理解できなかった)私なりに絵画について考えた結果、以下の5つに絞られた。

1)良い絵は丁寧に時間をかければ誰でもできるが作品は違う。

2)日本は日本語で英語圏は英語で絵画を制作する。

3)日本は作家性、英語圏は作品性を重視する。

4)日本人はマンガ、アニメの影響で、画面の中にキャラがいないと絵が見れない。

5)日本人は、デザイン、イラストやグラフィティーから入った方が世界にいける。

個々の深堀はブログに書くことにする。:

http://arimaworks2011.blogspot.com/2020/11/blog-post.html



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私はドローイング一本で海外で展覧会をしていたが40歳の時からペインティングを始めた。その時に学んだコト。

1)良い絵は丁寧に時間をかければ誰でもできるが作品は違う。について:

そもそも絵画に使われる画材は今でも高いが、かつてはパトロンがいなければ手も足も出なかっただろう。人が着飾るように家も着飾る。人が高級な指輪をはめるように、部屋の壁に絵を飾る。そしてもう一つ、絵画は製作者の時間を封じ込める。その絵に使った時間を鑑賞者は一瞬で消費できたり所有できたりする。制作者の時間を所有できる。自分の人生に限りはあるが絵画(彫刻)は自分の時間を増やせる。それは映像画像ではできないファンタジーだ。丁寧に描かれた絵はそれが一瞬でわかる。それが良い絵だ。しかし、作品は違う。丁寧で時間をかけるだけでも作品になることがあるが、それは時代とリンクした時だ。逆にいえば、時代性(流行、批評性)を入れれば作品になる。それがネタ的(表面的)だったとしても素人にはバレない。分脈はあった方が良いが玄人しかわからない。


2)日本は日本語で英語圏は英語で絵画を制作する。について:

これはまず昔話をする。以前ニューヨークに仕事で行った時、ある作家のスタジオに招かれた。その時に作品の感想を伝えたら、通訳の方が「英語にできない!」と言う。それ以前にも自分の作品の説明をしてるだけなのに通訳の方が「英語にできない!」と言う。そう私は、日本大好きで、侘び寂びの美意識もマンガ、アニメの日本サブカルも大好きで、英語圏の文脈で作品を制作してないから、伝えられないのだ。本当に驚いたし、数年は理解できなかった。そこで一旦私は海外を諦めた。しかし絵で食って行くためにはドローイングだけでは無理だと気づかされる。ドローイングの値段を上げるにもキャンバスの値段を上げる必要がある。ざっくり言えばキャンバスの値段の1/3、版画は1/10くらいだったと思う。そして、ギャラリーを探し始める。40歳でポートフォリオ持って画廊巡りした(完全に心を折られた)。どういうギャラリーがよかったかというと、こうだ。私は、ギャラリーを複数変わっていて自分にも問題があるのは分かっていた。結婚して理解した。そう、結婚すると別れたくないからお互いが真剣に話し合って妥協点を見つけ出す。それだ!。探したのは、二人で運営してるギャラリー。そして片方が英語圏の人であること。私の作品を英語脳で見ても「良い」と思ってくれる人が必要だった。そしてその人が、その良さを英語で伝えてくれることが大切だった。当時、MISAKOA&ROSENは眼中になかった、理由は扱ってる作家が理解できなかった(詳しくは4へ)。現状、海外の戦略はギャラリーに任せている。英語のテキストとか送ってもらえるが読めないし、理解できないので、いつも「好きにやって下さい。」と返事している。日本語に訳してもらえれば良いのにっていうけども、私にとってそれは日本語になってしまうので意味がないし、そのレベルならネットで翻訳できる。ざっくり言えば、物事の自立(自律)のさせ方が文法で違っていて、それは作品の成立(作法)と直結している。


3)日本は作家性、英語圏は作品性を重視する。について:

これは、簡単で日本語とローマ字でググってみると良い。日本語で検索すると人(作者)の画像ばかり出てくる。日本人は、良い作品を見ると「これは誰が(どんな人が)制作したんだろう!?、どんな数奇な運命をたどってるんだろう!?」と考える。英語圏は、「他の作品が見たい!」と検索する。日本人は作家性(その人の生き方)が重要なので有名人が有利である。極論をいえば有名でさえあれば、作品の質はどうでも良い。ファン心理ですね。なので日本で作家活動するならば、先に有名になっておくのも作戦の一つ。


4)日本人はマンガ、アニメの影響で、画面の中にキャラがいないと絵が見れない。について、

これは、私が抽象画が全くわからなかった理由です。MISAKO&ROSENに興味を持って最初に伺ったのが、ネイサン・ヒルデンの個展でした。理解不能。しかし、理解しなければ明日は無いことはわかっていた(だからこそ、全く理解できない作家を大量に所属させてるギャラリーに興味を持った)。4時間会場にいました。まずどうして理解できないか、みんなが良いというのか考えました。知人に何度も質問。「何がすごいの!?、何を良いと言ってるの!?」。有馬さん!?マジで言ってる!?面白いね!と言われたり。「ん、、わからん!!」。そして美術の歴史を紐解いた。確か、キリストが描かれて、次は金持ちの肖像画、次が色と形。いや根本から違うかも。抽象画がわからないのは「マンガ」じゃないからだ!!。ではマンガと何が違う。主人公がいない!!。これでハッキリした。漫画は主人公を追って行けば、物語の背景を世界観を語ってくれる。しかし抽象画は案内人がいない。画面の中に主人公がいれば、まずそこからスタートだ。目線はそこから始めれば良い。でも主人公がいない、どこから始めれば良い、わからん、わからん」。そうか「部分ではなく全体をみれば良い」。そうこれが絵画の見方だった。その結果、画面の四つ角をどう処理するか、下地の重要性を発見して行く。今では、ネイサン最高!、リチャード・オードリッチ天才!!と言ってる自分がいる。


5)日本人は、デザイン、イラストやグラフィティーから入った方が世界にいける。について:

これはもう、まとめみたいなものだ。日本人が日本語で考えると日本の文脈がすぐ入ってくる。英語が読めるだけではダメで、英語を英語で理解して英語で話せるようにならないと。日本語は間と言う間に日本の美意識が大量に流れ込む。だから何を取り入れても日本式に成る。だが、デザインは違う。前提として時代性や共感が織り込まれているし、文化として新しいので、共通言語が多い上に英語圏からの影響が強い。物事は突き詰めればアートになって行く。ならばデザインからアートをして言ったほうが世界には通用する。


これらは40歳からペインティングを始めて10年、ニューヨークやイタリアで個展できるくらいには成ったレベルでの話だ。そして、これは、ギャラリーのテキストでも書かれている(*1)が独自の解釈だ。

しかしこれは、40歳までドローイングだけをやり続け国際展に出品したりした作家が生きるために真剣に家族を犠牲にして獲得した技術でもある。また、交通警備員を一年やって(*2)空間把握能力を取得したり、結婚して他者性を身につけたこともペインティングの上達を底上げしている。

今回の文章の異論は認める。わかりやすくするために、話をスッキリさせた。嘘は言ってないが事実と異なる解釈をされる場合があるだろう。以上。




(*1)http://www.misakoandrosen.jp/exhibitions/15/03/

(*2)http://arimaworks2011.blogspot.com/search/label/%E8%AD%A6%E5%82%99%E5%93%A1